HOME 北野工房のまちとは
チェック!
店舗のご案内 イベント案内
チェック!
講堂のご利用 営業時間・アクセス プレスリリース お問い合わせ

「二宮金次郎の銅像」
5月27日(木) かみやん

<5/12からの営業時間につきまして>緊急事態宣言延長に伴い兵庫県からの要請を受けて、5/31まで平日は通常営業(10~18時)、土・日曜日は臨時休館させていただきます。ご不便をおかけしますがご理解のほどお願い申し上げます。


 


皆さま、こんにちは。


朝から強めの雨でしたがなんとかあがって現在は曇り空の北野です。


北野工房のまちは以前は北野小学校でしたが、それを如実に物語るモノがあります。


校長室や館内にも小学校を感じさせる物がいろいろありますが、小学校と言えばコレです。


二宮金次郎の像です。


現在は、北側階段の踊り場の展示ケースの中に、大正時代の校舎の写真や当時の小学校通用門の表示板と一緒に展示してあります。


では、なぜ小学校に二宮金次郎の像が設置されているのでしょうか・・・


少しだけ調べてみました。


二宮金次郎(尊徳)は子どもの頃に両親を亡くし勉学と家の手伝いに励んで24歳で家を再興しました。


その後は全国各地の農村の復興に力を注ぎ、実に600以上もの村を立て直したと言われています。


家や田畑を失い借金を抱えて貧困に苦しみながらも、勉学に励み努力をして百姓から幕府の役人まで出世して


貧困に苦しむ人を救い数々の業績を残したのです。


この生き方を手本にするよう、大正時代に「勤勉・倹約して国家に奉仕する理想的な臣民像」として小学校に設置されました。また、国策のためだけではなく、純粋に勤勉・勤労のモデルとして銅像を設置したこともあったようです。


では、北野小学校のどこにあったのかというと、本校舎(現在の北野工房のまち)と北校舎(阪神大震災で全壊判定後取壊し)の間の渡り廊下の下あたりにありました。


現在でいえば、北側駐車場入り口横の自動販売機のあたりです。↓



北野工房のまちには、このように小学校時代の思い出や懐かしい内装・装飾物等がまだまだ残っております。


北野工房のまちにお越しの際はぜひ館内をぐるっと一回りして探してみて下さいね!